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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)55号 判決

アメリカ合衆国

ミネソタ州セントポール、3エムセンター

原告

ミネソタ マイニング アンド マニュファクチュアリング コンパニー

代表者

ゲーリー エル グリスウォルド

訴訟代理人弁護士

片山英二

村山優子

同弁理士

小林純子

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

津田俊明

光田敦

幸長保次郎

伊藤三男

主文

特許庁が、平成4年審判第4037号事件について、平成5年10月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者が求めた判決

1  原告

主文と同旨。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年9月12日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年9月12日、名称を「三角錐型の多面広角逆行反射性物品」(後に「可撓性再帰反射性シート」に補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(特願昭59-191415号)が、平成3年11月12日に拒絶査定を受けたので、平成4年3月9日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成4年審判第4037号事件として審理したうえ、平成5年10月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月15日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載のとおり)薄い可撓性再帰反射性シートであって、

前記シートは多数の近接して配置された三角錐状の角を持つ再帰反射素子(10)を含んでおり、

各素子の相互に垂直な三つの側面(11、12、13、)は、共通面(16)上の直線の縁(15)によってそれらの底部を定められ、その結果、各素子の底面は三角形を構成しており、

全ての素子は共通面(16)に位置し、また素子の全ての頂点(14)はこの共通面の同一側上に位置しており、

各素子は対(103、104)になるように配置され、

各対の2つの素子は互いに隣り合うように配置され、かつ共通する直線の縁をひとつ持ち、

各素子は素子の三つの側面によって定められる内角の三等分線である光学的軸(17)を持ち、

各対の素子の光学的軸は互いに相手の方に傾いており、

対である各素子において、前記した共通する直線の縁を含みしかも底面(16)に垂直である平面と素子の頂点(14)との距離は、この平面と光学的軸(17)と底面(16)との交点との距離よりも長いことを特徴とし、

それによって、高い入射角において、入射面および入射面に垂直な面ならびにこれらの面の間に位置する複数の面において再帰反射性が改良されている可撓性再帰反射性シート。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、米国特許第4202600号明細書にも示されている周知技術(以下「本件周知技術という。)及び特開昭51-82592号公報(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。

第3  原告主張の審決の取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、本件周知技術の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と本件周知技術との一致点、相違点の認定(審決書2頁3行~7頁16行)は認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、引用例の技術内容を誤認して、相違点の判断を誤り(取消事由1)、本願発明の効果が引用例発明から容易に予測できると誤って判断し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例の技術内容の誤認に基づく相違点の判断の誤り)

(1)  審決は、「引用例の反射素子ユニットは共通する直線の縁を持たないように定められているから、共通する直線の縁をひとつ持つようにユニットを定めなおす(第8図の反射素子Ⅲの左方に反射素子Ⅳと同形状の反射素子(以下、Ⅳ’という)があるから、Ⅳ’とⅢでユニットをなすものと定める)と、反射素子Ⅲの光学的軸が左方向にすなわちⅣ’方向に傾斜していること」(審決書7頁20行~8頁8行)を根拠として、「引用例の光学的軸は『対を構成する反射素子が互いに隣り合うように配置されかつ共通する直線の縁をひとつ持ち、各対の素子の光学的軸は互いに相手の方に傾いており、対である各素子において、前記した共通する直線の縁を含みしかも底面に垂直である平面と素子の頂点との距離は、この平面と光学的軸と底面との交点との距離よりも長くなるように構成されている』ものと認められる。」(同8頁8~16行)としているが、誤りである。

本願発明は、特に、高い入射角において入射面に垂直な面における再帰反射性の改良(垂直方向の角度性の改良)のために、光学的軸がオープンである、すなわち、対である各素子において、その各光学軸が上方に開くように相手の方に傾いていることを特徴とするのに対し、引用例発明は、垂直方向の角度性の改良を目的としておらず、その反射素子の一つの反射面は五角形状及び変形長方形の形をなしており、反射面のこのような形が引用例発明の入射面に水平方向の有効反射面積を決定しているのであって、反射面の形状が三角形状である本願発明とは、その基本的構造がそもそも異なり、その光学的軸の全体縁が同じではない。

引用例には、単に光学的軸を一般的に傾斜させることしか開示されておらず、その実施例がたまたまオープンになってはいるとしても、傾斜方向を特にオープンとする構成が垂直方向の角度性に関して優れているという知見は何ら開示されていないし、ましてや、共通する直線の縁を1つ持つようにユニットを定め直すことは記載もされておらず、また、このようなことを示唆する記載もない。

このように、引用例発明は、垂直方向の角度性の改良という課題の認識がなく、本願発明とは基本的構造を異にし、反射素子ユニットは共通する直線の縁を持たないように定められているのであるから、引用例に接した当業者が、引用例発明のユニットを定め直して、共通する直線の縁を1つ持つようにするということは、到底想到できることではない。

仮に、引用例発明のユニットを共通する直線の縁を1つ持つように定め直したとしても、この場合のユニットは、本願発明の特徴である素子の底面が切り取り型であること、すなわち、各素子は、それらの相互に垂直な3つの側面は、それらの底部が共通面上の直線の縁によって定められているという本願発明の要件を備えたユニットとはならないのであって、審決のように、ユニットの定め直しによって、「対を構成する反射素子が互いに隣り合うように配置されかつ共通する直線の縁をひとつ持ち」(審決書8頁9~10行)との本願発明の構成を備えた反射素子の対が、引用例に開示されているということはできない。

(2)  審決は、引用例には、「上下方向の高い入射角(本願発明での入射面に垂直な面での高い入射角に相当)において改良されていることは記載がない」(審決書8頁20行~9頁2行)ことを認めながら、「それは単なる計算によって確認されることであり」(同9頁2~3行)と認定したが、誤りである。

すなわち、垂直方向の角度性の改良という目的がない限り、垂直方向の角度性が改良されていることを確認する計算を思い付くことはありえない。

審決は、審判段階で原告の提出した平成5年7月1日付け審判請求理由補充書(その2)(甲第5号証)表Ⅱ(以下「表Ⅱ」という。)をも根拠としているが、表Ⅱは、原告が引用例と本願発明の角度性について比較するという範囲を限定して計算した結果であり、それでも計算は困難を極めたものであるから、当業者が、特定の目的なしに漠然と、どのような素子の形と傾斜の組合せが優れた角度性を示すかを試行錯誤するためだけに、計算を行なうことは現実的に不可能である。

被告は、引用例発明のようなさいころ型の再帰反射器が高速道路等の視線誘導標識に用いられている(特公昭52-11200号公報・乙第1号証)ことを根拠に、その用途が垂直方向の角度性を改良させる必要のないものに限定されていないと主張する。しかし、視線誘導標識は車両のドライバーの走行時の視線を誘導するものであるから、それは視線と同じ高さにあるものであり、専ら水平方向の角度性を必要とするものである。また、海上のブイは、揺動するとはいえ、観測者から見る角度の垂直方向の変動は高所設置の行先表示板とは異なり極めて小さいものであり、引用例に海上のブイが記載されているからといって、垂直方向の角度性の改良の必要性を引用例が開示していることにはならない。

(3)  一方、審決認定の本件周知技術は、「各素子が相互に垂直な三つの側面の底部を定める共通面上の直線の縁」を持つという構成が角度性に関して優れているという発明を開示していない。したがって、本件周知技術の上記構成を角度性の改良、特に垂直方向の角度性の改良のために別の構成を採用することを何ら開示、示唆していない。

また、本件周知技術は、切り取り型の反射素子であり、素子の配列は、3方向に全面的に規則的になっているが、特定の2つが対になった配列になっていないし、引用例発明の反射素子ユニットに対応するユニット構成は本件周知技術にはない。

(4)  このように、垂直方向の角度性の改良のために別の構成を採用することを何ら開示、示唆していない本件周知技術に、垂直方向の角度性の改良という技術思想が開示されていない引用例発明を組み合わせることは、当業者といえども容易に想到できることではない。

したがって、審決が、「周知技術に、引用例によって示された『高い入射角における反射性能を改良するために、共通する直線の縁をひとつ持つ反射素子を対としたとき、各対の光学的軸を互いに相手の方に傾かせる』という手段を採用することにより、本願発明のごとき構成をなすことは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。」(審決書9頁17行~10頁3行)と判断したことは、誤りである。

2  取消事由2(効果についての判断の誤り)

審決は、「上記の相違点に基づく本願発明の作用効果も、引用例から容易に予測できるものであり、格別なものとは認められない。」(審決書10頁4~6行)としているが、誤りである。

再帰反射器において、光学的軸の水平方向の角度性が良いということと、垂直方向の角度性が良いということとは別問題である。前者が良いから、後者も良いと直ちにいうことはできない。また、切り取り型の構成は反射素子の形状として周知であったが、切り取り型の奏する効果として、角度性に優れた効果を与えることは全く知られていなかったばかりか、反射性能として関心の高かった輝度についてはさいころ型の方が優れているというのが、本願出願当時の認識であった。

切り取り型である本願発明の垂直方向の角度性は、特に高い入射角において、さいころ型である引用例の実施例のそれよりも顕著に高い。本願発明のこの効果は、素子の形状が切り取り型であるという構成と光学的軸の傾きがオープンであるという構成とが有機的に結合した構成によって初めて奏する効果である。

したがって、さいころ型である引用例発明において、オープン傾斜の場合に水平方向の角度性の改良という効果を奏するからといって、切り取り型である本願発明の垂直方向の角度性の改良という効果を予測することはできない。

また、本願発明は、水平方向及び垂直方向双方の角度性が改良されているので、シートの天地左右の位置決めの手数を省略できるという効果を奏するとともに、溝形成法で製造できるシートの形状構造を達成できるので、取扱いが容易であるとの効果も奏する。

これに対し、引用例発明は、溝形成法で製造することはできず、従前の切り取り型のものにおいても、例えば、米国特許第4243618号明細書(甲第8号証)にみられるように、溝形成法で製造できる形状構造を達成できるとは限らない。

本願発明のこの効果は新規な効果であって、本件周知技術及び引用例発明から容易に予測することはできないものである。

したがって、審決の本願発明の作用効果についての判断は、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  審決がユニットを定め直すと述べていろのは、一般に2つの基本エレメントA及びBの繰り返しからなる構造体においては、これをABというユニットが繰り返されているとみることもできるし、BAというユニットが繰り返されているとみることもできるという趣旨である。

原告のいうさいころ型である引用例発明と切り取り型である本願発明を対比するためには、各エレメントがどのように対応するかを把握しなければならないが、切り取り型の各素子はさいころ型の各素子を切り取った形状をしている。ただし、素子が稠密に分布していなければならない再帰反射器において、さいころ型の再帰反射器を底面に平行な平面で切り取っただけでは、素子がまばらな分布となってしまうので、「共通する直線の縁を一つ持つように」素子を寄せ集めなければならない。そうすると、さいころ型が切り取り型になるわけであるが、この作業をすると、さいころ型において、「共通する直線の縁をひとつ持つ対」は、切り取り型においても「共通する直線の縁をひとつ持つ対」になる。

審決は、以上のようにして、さいころ型である引用例発明と切り取り型である本願発明とを対比するために、引用例発明を共通する直線の縁を一つ持つように対を定め直して、対応関係を明らかにしたものであって、ここに、原告主張のような技術思想の差異の問題が介在する余地はない。

そして、審決の認定するとおり、引用例には、「反射素子Ⅲの3個の面に対して同一角度(36゜16’)をなす直線は稜線5、6を含む外面に垂直な面内で第10図における左方向に12゜28’だけ傾斜させられていること」(審決書5頁17行~6頁2行)が記載されており、「右方向」への傾斜すなわちクローズ傾斜を意図していないことを示している。引用例のその他の記載からも引用例は傾斜方向をオープンとすることは開示していると認定できる。

そうとすれば、この引用例記載のオープン傾斜の技術を本件周知技術に対して採用することは当業者にとって容易であるということができるから、審決の相違点についての判断に誤りはない。

(2)  本願発明と本件周知技術との相違点の判断においては、オープン傾斜によって引用例発明の奏する効果が、切り取り型のものに引き継がれることが重要であって、引用例発明が垂直角度性を改良しているかどうかは二義的なものである。

原告はさいころ型と切り取り型とは全くその用途を異にするかのように主張するが、さいころ型の再帰反射器の用途は、引用例に記載された自転車、海上のブイに止まらず、高速道路等の視線誘導標識(特公昭52-11200号公報・乙第1号証)に用いられ、また、引用例(甲第3号証)には「大きく揺動するもの」(同号証2頁右下欄10行)と記載されており、揺動方向はさまざまに変化することが予測されるから、垂直方向の角度性を改良させる必要のないものばかりにその用途が限定されているものでもない。一方、切り取り型のものであっても、特開昭47-28077号公報(乙第2号証)に例示されているものは、垂直方向の角度性を必要とせず、水平方向の角度性のみが必要とされるものであるし、切り取り型のものが用いられる道路標識の多くは垂直角度性を必要としないような低所に設置されるものである。

原告は、引用例発明における垂直角度性検証のための計算が困難である旨主張するが、その計算に特に困難な理由はなく、引用例発明が垂直角度性の改良されたものであるような構成を有することを計算で検証することは容易である。

なお、引用例発明は垂直方向の角度性の改良を目的としておらず、引用例には、垂直方向の角度性についての記載もないことは認めるが、本件周知技術に引用例発明を適用する動機を検討するには、引用例発明の目的及び効果に関する記載は必要ではない。

(3)  原告は、本件周知技術は、「各素子が相互に垂直な三つの側面の底部を定める共通面上の垂直の縁」を持つという構成が角度性に関して優れているという発明を開示していないと主張するが、本件周知技術においては、各反射素子の底面形状が正三角形であるため、対の定め方は一とおりではないが、対が存在することは間違いないから、原告の上記主張は失当である。

(4)  本願発明は、「それによって、高い入射角において、入射面および入射面に垂直な面ならびにこれらの面の間に位置する複数の面において再帰反射性が改良されている」ことを構成要件とするが、これに代えて、「それによって、高い入射角において、入射面において再帰反射性が改良されている」ことを構成要件としても構成上何らの差異はない。すなわち、オープンな傾斜による水平方向の角度性の改良は、自然にかつ不可避内に垂直方向の角度性の改良を伴うものである。そして、前記のとおり、切り取り型の再帰反射器は、垂直角度性を必要とする高所に設置されるとは限らず、多くのものは水平角度性のみを必要とする低所に設置されるのである。

そうすると、垂直角度性について引用例発明の効果を確認するまでもなく、引用例発明のオープン傾斜という構成を本件周知技術のものに適用するのには十分な動機があり、その結果「それによって、高い入射角において、入射面において再帰反射性が改良されている」という構成に至るのは自明の理である。

2  取消事由2について

前示のように、オープンな傾斜による水平方向の角度性の改良は、自然にかつ不可避的に垂直方向の角度性の改良を伴うものであるから、引用例発明において、その構成に何ら付加することなく、垂直角度性の向上という効果が生ずる以上、引用例発明が垂直角度性の改良を達成していることは明らかである。

審決において効果が予測可能としたのは、オープン傾斜によってもたらされる引用例発明の効果が、同じオープン傾斜の構成を採用することによって、切り取り型のものにも引き継がれるという意味である。すなわち、第1に、低所設置の場合、引用例(甲第3号証)に直接記載された効果が切り取り型に引き継がれることは明らかである。第2に、高所設置の場合、引用例に記載された「大きく揺動するもの」(同号証2頁右下欄10行)の例の場合においても、揺動方向はさまざまに変化することが予測されるから、引用例発明につき、垂直角度性を検証する程度のことは当業者が適宜実行すべき事項にすぎないということができ、そうすると、簡単な計算等により確認される垂直角度性について引用例発明の構成が奏する効果は、オープン傾斜の切り取り型につき、水平角度性の改良とともに引き継がれていることになる。

オープン傾斜による効果がさいころ型と切り取り型で共通することについて詳述すれば、前記のとおり、切り取り型の各反射素子はさいころ型のものを底面に平行に切り取った形状をしているから、さいころ型の各反射素子は切り取り型の各反射素子の周辺に、切り取られた部分を付加した構成となっており、それが両者の構成の相違となっているため、両者の反射面は類似形状をしており、その結果傾斜による有効反射面積の度合いも類似していることが十分予測できるのである。

また、本願発明は「再帰反射性シート」という物の発明であり、その製造方法に係る発明ではないから、原告主張の溝形成法で製造可能であるということを、本願発明の効果とすることはできない。仮に、これを本願発明の効果であるとしても、本件周知技術は本来的に溝形成法で製造可能である。原告の挙げる米国特許第4243618号明細書(甲第8号証)には、その記載のものが溝形成法では製造不可能であるとは記載されておらず、仮に溝形成法では製造不可能であるとしても、それは、複数のブロックに分割し、分割領域毎に反射素子の向きを換えているからであって、本願発明にあっても、ブロックに分割すれば溝形成法では製造不可能であり、逆に引用例発明のようにブロックに分割せずにオープン傾斜を本件周知技術に適用した場合には、溝形成法で製造可能となる。

取扱いが容易という点についても、角度性の改良による必然的効果である。

したがって、審決の、相違点に基づく本願発明の作用効果も、引用例から容易に予測できるとの判断に誤りはない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はすべて当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例の技術内容の誤認に基づく相違点の判断の誤り)について

(1)  本願明細書(甲第13号証の1、2)の発明の詳細な説明中の「背景にある技術」の項に紹介されている多くの従来発明の他、引用例(甲第3号証)、米国特許第2380447号明細書(甲第7号証)、同第4243618号明細書(甲第8号証)、特公昭52-11200号公報(乙第1号証)、特開昭47-28077号公報(乙第2号証)に開示されているところによれば、三角錐型再帰反射器においては、従来から、反射面の損失がなく入射光を可及的有効に反射することができるような構成を得ようとして、多くの試みがなされているが、本願明細書(甲第13号証の1、2)に記載されているように、これに用いられる「基本的な三角錐型再帰反射性素子は周知の如く狭い角度性、即ち光学的軸にほぼ沿つた狭い角度内で当つた光だけを明るく入射路を再帰するように反射する性質をもつている。狭い角度性は、三角錐の角で起きているように、三つの互に直角な側面をもつ三面体構造のこれら素子の固有の性質によつて起きる。使用する際、それらの素子は、再帰反射される光がそれらの面によつて定められる内部空間内へ入るように当り、当つた光の再帰反射が素子の面から面へ光が内部反射することによつて起きるように配列されている、素子の光学的軸(これは素子の面によつて囲まれた内部空間の三等分線である)から実質的に傾いて入射する光は、その臨界角より小さい角度で面に当ると、反射されるよりはむしろその面を通過する。」(同号証の1明細書3頁5~20行、同号証の2訂正の内容3(1))ものであり、また、引用例(甲第3号証)に記載されているように、「各反射素子における有効反射面の面積は外部光線の入射角度によつて異なるのであり、この有効反射面の面積に比例する反射性能も外部光線の入射角度の変化につれて変化する」(同号証2頁右上欄11~15行)ものであるから、変化する入射角度で入射する外部光線を有効に再帰反射させる優れた再帰反射性を具備させるためには、各素子の面の形状をどのような形状とし、その各素子をどのように配置するかは、不可分に組み合わされる要素であり、これが一体化されたその基本的構造により再帰反射器の特性が決定されるというべきものと認められる。

ところで、本願発明の要旨の認定及び本願発明と審決認定の本件周知技術との一致点の認定は当事者間に争いがなく、これによれば、本願発明及び本件周知技術はともに、その「各素子の相互に垂直な三つの側面(11、12、13、)は、共通面(16)上の直線の縁(15)によってそれらの底部を定められ、その結果、各素子の底面は三角形を構成しており、全ての素子は共通面(16)に位置し、また素子の全ての頂点(14)はこの共通面の同一側上に位置しており」(注、番号は本願発明のもの)、「各対の2つの素子は互いに隣り合うように配置され、かつ共通する直線の縁をひとつ持ち」との構成により、素子の反射面は全てが三角形であり、その底面が原告のいう切り取り型であるとの特徴を有するものであるのに対し、引用例発明の各素子の反射面は1つの五角形と2つの梯形四辺形とからなり、切り取り型ではなく、原告のいうさいころ型であり、本願発明及び本件周知技術の上記構成を有していないということができ、このことは、被告も認めるところである。

このように、引用例発明と、本願発明及び本件周知技術とは、前者がさいころ型、後者が切り取り型として、その基本的構成を異にするのであるから、審決がしたように、共通する直線の縁を持たない引用例発明に示された反射素子ユニットを、「共通する直線の縁をひとつ持つようにユニットを定めなおす(第8図の反射素子Ⅲの左方に反射素子Ⅳと同形状の反射素子(以下、Ⅳ’という)があるから、Ⅳ’とⅢでユニットをなすものと定める)」(審決書8頁2~6行)としても、この定め直したユニットは、本願発明及び本件周知技術の上記構成を備えたユニットにならないことは、明らかである。

被告は、この点につき、さいころ型である引用例発明と切り取り型である本願発明を対比するためには、各ユニットがどのように対応するかを把握しなければならないが、そのためには、切り取り型の各素子はさいころ型の各素子を切り取った形状をしているので、さいころ型の再帰反射器を底面に平行な平面で切り取り、切り取っただけでは、素子がまばらな分布となってしまうので、「共通する直線の縁を一つ持つように」素子を寄せ集めれば、さいころ型が切り取り型になり、この作業をすると、さいころ型において、「共通する直線の縁をひとつ持つ対」は、切り取り型においても「共通する直線の縁をひとつ持つ対」になる旨主張する。

しかし、被告主張のような作業をするということは、引用例発明の基本的構造を無視したうえで、これを本願発明の基本的構造に合わせるように改変すれば、本願発明にいう共通する直線の縁をひとつ持つ対が得られるという当然のことを述べているにすぎず、前示のように、再帰反射器においては、各素子の面の形状と配置方法が不可分の要素として組み合わされることにより、その基本的構造が決定され、その特性により様々な再帰反射性を示すのであるから、本願発明が開示されていない段階において、当業者がこのような作業を考える必然性が全くないことは、明らかである。このような作業をしなければ引用例発明を本願発明と対比できないということは、かえって、審決の立論が、本願発明を見たうえで、これに合わせるように引用例発明を無理に解釈したことを示すものといわなければならず、このような解釈をする妥当性の根拠を示す資料は、本件証拠上、見出すことはできない。

したがって、この定め直したユニットにおいて、反射素子Ⅲの光学的軸が左方向にすなわちⅣ’方向に傾斜しているとして、光学的軸が原告のいうオープンである、すなわち、対である各素子において、その各光学軸が上方に開くように相手の方に傾いていると認定でき、かつ、引用例発明の構成により、引用例発明が、水平方向の高い入射角において、再帰反射性が改良されていることが開示されているとしても、このことから直ちに、光学軸がオープンである構成のみを引用例発明の基本的構造から切り離して、本願発明の目的とする垂直方向での高い入射角において再帰反射性が改良されるという効果を予測して、引用例発明とは基本的構造を異にする本件周知技術に適用することが、当業者に容易であるとすることはできないというべきである。

(2)  審決は、引用例には、垂直方向の再帰反射性の改良については何らの記載がないことを認めながら、「それは単なる計算によって確認されることであり、・・・表Ⅱによれば改良されていることが示されており」として、引用例発明において、垂直方向での再帰反射性が改良されていることは明らかであるとしている(審決書8頁20行~9頁8行)。

しかし、再帰反射器の一般的用途が交通標識、広告サイン等の安全用、表示用及び装飾用部材であって、視認性の向上のため、水平方向のみならず垂直方向においても再帰反射性を向上させることが従来から望まれていたとしても、対となる各素子の光学軸をオープンとすることによって垂直方向の再帰反射性の改良が図られることは、本願明細書において初めて開示されたことであり、このことが本願出願前に周知の事実であったことは本件証拠上認めることはできないから、仮に、審決の述べるように、引用例発明において垂直方向の再帰反射性が向上しているかどうかが計算によって確認することが理論上できるとしても、また、審判段階で原告の提出した表Ⅱに引用例発明が垂直方向の再帰反射性を改良していることが示されているとしても、本願明細書における上記開示がない本願出願時における技術水準のもとで、引用例において、垂直方向においても改良された再帰反射性を有する発明が開示されていると当業者が認識するということはできないと認められる。

(3)  審決は、また、「引用例と本願発明及び周知技術とは、各反射素子の底面形状が異なる(前者が矩形であるのに対し、後者は三角形である)ものの、各反射素子が互いに垂直な3つの面で形成されており、該3つの面で全反射することにより再帰反射をなす点では共通しており、従って、光学的軸を傾斜させることにより有効反射面積が増加即ち反射性能が向上する点で両者は共通することが明らかである。」(審決書9頁9~16行)として、引用例発明と、本願発明及び本件周知技術とが、その基本的構造を異にすることを認めながら、光学的軸を傾斜させることにより有効反射面積が当然に向上するとしているが、水平方向での向上は認められるにしても垂直方向についてまでこのように断定することの根拠は、上記の説示に照らし、明らかではないといわなければならない。

(4)  したがって、審決が、本件周知技術に引用例発明を適用することにより本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できたこととしたのは、論拠不十分とのそしりを免れず、その余の点を検討するまでもなく、この点において、審決は違法として取り消されなければならない。

2  よって、原告の本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官押切瞳は転補のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成4年審判第4037号

審決

アメリカ国 ミネソタ州 セント ポール、3 エム センター (番地なし)

請求人 ミネソタ マイニング アンド マニュファクチュ

アリング コンパニー

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340

代理人弁理士 浅村皓

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340

代理人弁理士 浅村肇

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340号

浅村特許事務所

代理人弁理士 西立人

昭和59年特許願第191415号「可撓性再帰反射性シート」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年6月4日出願公開、特開昭60-100103)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和59年9月12日(優先権主張1983年9月12日、アメリカ合衆国)の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの

「薄い可撓性再帰反射性シートであって、

前記シートは多数の近接して配置された三角錐状の角を持つ再帰反射素子(10)を含んでおり、

各素子の相互に垂直な三つの側面(11、12、13)は、共通面(16)上の直線の縁(15)によってそれらの底部を定められ、その結果、各素子の底面は三角形を構成しており、

全ての素子は共通面(16)に位置し、また素子の全ての頂点(14)はこの共通面の同一側上に位置しており、

各素子は対(103、104)になるように配置され、

各対の2つの素子は互いに隣り合うように配置され、かつ共通する直線の縁をひとつ持ち、

各素子は素子の三つの側面によって定められる内角の三等分線である光学的軸(17)を持ち、

各対の素子の光学的軸は互いに相手の方に傾いており、

対である各素子において、前記した共通する直線の縁を含みしかも底面(16)に垂直である平面と素子の頂点(14)との距離は、この平面と光学的軸(17)と底面(16)との交点との距離よりも長いことを特徴とし、

それによって、高い入射角において、入射面および入射面に垂直な面ならびにこれらの面の問に位置する複数の面において再帰反射性が改良されている可撓性再帰反射性シート。」

にあるものと認める。

(周知技術)

本願優先日前、「薄い可撓性再帰反射性シートであって、

前記シートは多数の近接して配置された三角錐状の角を持つ再帰反射素子(10)を含んでおり、

各素子の相互に垂直な三つの側面は、共通面上の直線の縁によってそれらの底部を定められ、その結果、各素子の底面は三角形を構成しており、

全ての素子は共通面に位置し、また素子の全ての頂点はこの共通面の同一側上に位置しており、

各素子は対になるように配置され、

各対の2つの素子は互いに隣り合うように配置され、かつ共通する直線の縁をひとつ持ち、

各素子は素子の三つの側面によって定められる内角の三等分線である光学的軸を持ち、

各対の素子の光学的軸は底面と垂直である可撓性再帰反射性シート。」は周知である(例えば、原査定の拒絶の理由にも引用された米国特許第4、202、600号明細書を参照)。

(引用例)

原査定の拒絶の理由に引用された特開昭51-82592号公報(昭和51年7月20日出願公開。以下、引用例という。)には、「外部光線の入射するほぼ平坦な外面と、複数個の反射素子ユニットを形成された内面とを備え、各反射素子ユニットは前記外面に垂直な方向から見た場合に矩形の輪郭を有していて互いに密接配置されており、また各反射素子ユニットは2個の反射素子からなっており、第1の反射素子は互いに垂直に交わる3個の面によって構成されていて、これらの面によって構成される3本の稜線のうち1本の稜線は前記外面に垂直な方向から見た場合に当該第1の反射素子と第2の反射素子との境界線に対して垂直となり、3個の面に対して同一角度をなす直線は前記1本の稜線を含む前記外面に垂直な面上で前記外面の法線に対して傾斜するように構成されており、第2の反射素子は第1の反射素子との間の境界線を含む前記外面に垂直な面に関して前記第1の反射素子に面対称となるように構成されている、再帰反射器。」(特許請求の範囲第1項)が記載されており、上記外面に垂直な方向から見た図が第6図、第8図に示され、反射素子Ⅲの3個の面に対して同一角度(36゜16’)をなす直線は稜線5、6を含む外面に垂直な面内で第10図における左方向に12゜28’だけ傾斜させられていること(第3頁左上欄第10-14行)が記載され、このような反射器は外部光線の入射角度が変化しても反射性能の低下が少ない広域反射型の反射器であること(第2頁右下欄第13-15行、第4頁右下欄第2-4行)が記載され、反射性能の図が第12図に示され、さらに反射性能は有効反射面の面積に比例し有効反射面積は入射角度によって異なること(第2頁右上欄第6-15行)が記載されている。

(対比)

そこで、本願発明と上記周知技術を対比すると、両者は

「薄い可撓性再帰反射性シートであって、

前記シートは多数の近接して配置された三角錐状の角を持つ再帰反射素子)を含んでおり、

各素子の相互に垂直な三つの側面は、共通面上の直線の縁によってそれらの底部を定められ、その結果、各素子の底面は三角形を構成しており、

全ての素子は共通面に位置し、また素子の全ての頂点はこの共通面の同一側上に位置しており、各素子は対になるように配置され、

各対の2つの素子は互いに隣り合うように配置され、かつ共通する直線の縁をひとつ持ち、

各素子は素子の三つの側面によって定められる内角の三等分線である光学的軸を持つ可撓性再帰反射性シート。」である点で一致し、

本願発明が「各対の素子の光学的軸は互いに相手の方に傾いており、対である各素子において、前記した共通する直線の縁を含みしかも底面に垂直である平面と素子の頂点との距離は、この平面と光学的軸と底面との交点との距離よりも長く、

それによって、高い入射角において、入射面および入射面に垂直な面ならびにこれらの面の間に位置する複数の面において再帰反射性が改良されている」のに対し、周知技術では「各対の素子の光学的軸は底面と垂直である」点で両者は相違する。

(当審の判断)

引用例の「外面」及び「3個の面に対して同一角度をなす直線」はそれぞれ本願発明の「底面」及び「光学的軸」に相当するものであり、引用例の反射素子ユニットは共通する直線の縁を持たないように定められているから、共通する直線の縁をひとつ持つようにユニットを定めなおす(第8図の反射素子Ⅲの左方に反射素子Ⅳと同形状の反射素子(以下、Ⅳ’という)があるから、Ⅳ’とⅢでユニットをなすものと定める)と、反射素子Ⅲの光学的軸が左方向にすなわちⅣ’方向に傾斜していることから、引用例の光学的軸は「対を構成する反射素子が互いに隣り合うように配置されかつ共通する直線の縁をひとつ持ち、各対の素子の光学的軸は互いに相手の方に傾いており、対である各素子において、前記した共通する直線の縁を含みしかも底面に垂直である平面と素子の頂点との距離は、この平面と光学的軸と底面との交点との距離よりも長くなるように構成されている」ものと認められる。そして、引用例のものは光学的軸を傾斜させることにより、左右方向の高い入射角(本願発明での入射面での高い入射角に相当)において再帰反射性が改良されているものであり、上下方向の高い入射角(本願発明での入射面に垂直な面での高い入射角に相当)において改良されていることは記載がないものの、それは単なる計算によって確認されることであり、平成5年7月1日提出の審判請求理由補充書(その2)第2頁表Ⅱによれば改良されていることが示されており、その結果上下・左右以外の方向でも改良されていることは明らかであるものと認められる。

引用例と本願発明及び周知技術とは、各反射素子の底面形状が異なる(前者が矩形であるのに対し、後者は三角形である)ものの、各反射素子が互いに垂直な3つの面で形成されており、該3つの面で全反射することにより再帰反射をなす点では共通しており、従って、光学的軸を傾斜させることにより有効反射面積が増加即ち反射性能が向上する点で両者は共通することは明らかである。そうすると、上記周知技術に、引用例によって示された「高い入射角における反射性能を改良するために、共通する直線の縁をひとつ持つ反射素子を対としたとき、各対の光学的軸を互いに相手の方に領かせる」という手段を採用することにより、本願発明のごとき構成をなすことは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。

そして、上記の相違点に基づく本願発明の作用効果も、引用例から容易に予測できるものであり、格別なものとは認められない。

(むすび)

したがって、本願発明は、上記周知技術及び引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年10月4日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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